誰よりもネットワークビジネスに誘われるロマンチッククリエイターの話②

ちなみに、誰よりもネットワークビジネスに誘われるロマンチッククリエイターの話①を書いた時の心境はそれなりだった。

 

唯一語り合える仲間だと思っていた友達に、心の中で別れを告げた日の帰り道、泣いた。

 

彼氏とでも別れた気分だった。

 

 

相手がみている未来に自分がいなくなってしまったのなら、お互い分かれ道を進んでいくしかないでしょ?

 

自分自身でも気付いていないのだろうけど、会話の節々で私を見下しているのが伝わってきてどんどん悲しくなっていくのが自分でも分かった。

 

 

ネットワークビジネスの恐いところは、自分の所属しているコミュニティが最も正しいと信じ込んでしまうことだ。

 

「それは本当にあなた自身から出てる言葉なの?」と思うことがよくある。

 

 

人はお金や時間を投資した分だけ、もしくはそれ以上にその投資したものが素晴らしいことだと思い込む習性がある。

 

 

ネットワークビジネスなんかは特に、ある意味人を騙すようなことをすることになりかねない。

 

その人自身ももはや騙しているなんて思ってなくて、本当に勧誘した相手が幸せになれると思っている人も少なくないだろう。

 

 

人は物事を正当化することが大得意だ。

それも自分自身でも分からないくらい無意識に。

 

 

ネットワークビジネスは実際、ネットワークビジネスをやって幸せになった人もいるだろう。

 

「孤独だったけど仲間が増えた。」

「やりたいこともなく、なんとなく生きていたけど、ネットワークビジネスに出会って生き生きと生きれるようになった。」

 

 

そういう意味では、その人にとっては良い環境なのかもしれない。

しかしだからといってみんなが同じ環境で幸せになれるわけではない。

 

 

やっかいなのは、ネットワークビジネスをしている人たちはそのことを勘違いしている人が多いように思う。

 

 

「毎日同じことの繰り返しの日々ってつまらない。」

「汗水垂らして働くより、自由に暮らした方がいい。」

「会社に雇われて働いてても、お先真っ暗だ。」

 

 

果たしてそうなのだろうか。

 

 

色んな常識があって、色んな人がいて、色んな感情があって、色んな人生がある。

 

 

私の人生が本当に世界が面白くなったのは、そのことに気付いてからだった。

 

 

 

常識はどこまでも固定概念だし、固定概念があることに気付いたときからが、固定概念になる。

 

 

 

今の時代は夢とかやりたいこととかがないと逆に生きづらい世界になりつつあって、私もずっと夢中になれるものが欲しいと思っていた。

 

だからネットワークビジネスに勧誘されるのが得意だったのだろう。

 

人は何か信念や希望を持っていないと、生きれないんじゃないかって思う。

 

 

だから宗教ができたんだと思うし、そんな人の気持ちを利用して良くない宗教やネットワークビジネスも流行るのだろう。

 

最近だったらオンラインサロンも新しい信仰タイプかもしれない。

いい意味でね。

 

そんな世の中で何が大切なのだろうと考えると、自分をどれだけ信仰できるかなのかなと。

 

 

幸か不幸か、正解か間違いかなんて自分で決めればいいんだ。

 

 

本当に大事なことを、忘れないで生きたい。

誰よりもネットワークビジネスに誘われるロマンチッククリエイター(25)の話①

 

”自分がやりたいことを見つけたい”

 

 

「なにが私の幸せ?わからないまま終わる、そんなのはいやだ!」

 

アンパンマンのマーチを自分の人生のテーマソングにしてるくらい、そう思い続けて生きてきた。

 

 

原点は大学1年生のときに出会った「好きなことをして生きていく」という自己啓発王道の本だった。

 

今となっては自己啓発本なんて必要ないくらい自分軸ができたし、読みたいとも思わなくなったなぁ。

 

 

でも当時は新潟生まれ新潟育ちの何も知らない看護学生だった。

 

影響されやすい私は好きなことで生きている人の本を読んで、「そんな生き方ができる人がいるんだ~。すごいなー。」と思った。

と同時にそんな生き方ができるなんて夢みたいな話、自分には無縁だって脳内ですぐに変換された。

 

 

でも心は違ったんだよね。

 

「こんな生き方があるんだ!」って知って、初めて恋愛以外で心がときめいた。

 

まだ世の中を知らない19歳の田舎少女。

 

 

今の自分になれたきっかけだし、その本には感謝してる。

 

 

 

その本の1番最初のページに、「好きなことをやって生きている人に会って打ちのめされよう」って書いてあった。

だからそれから色んな本を読みまくったし、長期休みには東京に出掛けてマッチングアプリで医療系以外の仕事をしてる人に会いまくった。

 

そんなことしてたらいつの間にか「私も人生楽しめるのかもしれない」って思えるようになっていった。

 

 

「普通に就活したら1社も受からないんだろうな」と思っていたことも看護師になった理由の1つだし(看護師は根性でなんとかなるって思ってたからなれた。笑)、

「大人になったら大変で辛い仕事に行くだけの毎日だ」って当たり前のように思っていたし、

「週末イオンモールにショッピングに行くだけの人生かぁ」なんて何も疑わずに嘆いていたくらい救いようのないネガティブだった。

 

その頃の私に比べたら、相当な進歩である。

 

 

そんな感じでマッチングアプリで色んな人に出会っていった中の1人に、ネットワークビジネスの勧誘をしてきた大人がいた。

 

 

イケメンのコミュ力高い20代半ばくらいのお兄さんと、東京のオシャレなカフェで話した。

 

 

そのお兄さんは誰も理解してくれない私のワクワクに、共感してくれた。

 

田舎だし、看護学生だし、そんな話ができる仲間がいなかったから、そんな人と出会えたのがすごく嬉しかった。

 

 

しかもその人自身が自己啓発本のような人で、私の知らない世界をたくさん教えてくれた。

当時の私はめちゃめちゃワクワクしたし、「師匠が現れた!」と思った。

 

 

今となっては分かりやすい営業だったけど、そのお兄さんは上手かった。

しかも世間を知らない私は営業の手法だなんて1ミリも思わなかった。

 

 

だからおすすめしてくれた本を素直に全部買った。

(強要はされてないけど、師匠がおすすめの本だから読みたいと思ってすぐに本屋に行って一気に買ったのだ。)

 

・金持ち父さんと貧乏父さん

・ユダヤ人大富豪の教え1

・ユダヤ人大富豪の教え2

・ユダヤ人大富豪の教え3

 

このタイトルを見て分かる人はわかると思うけど、ネットワークビジネスでよく利用される一般書籍である。

 

お金のリテラシーを学べる本で、本自体はちゃんとしたものである。

 

ネットワークビジネスの人たちがなぜ利用するのかというと、これを読むと自分も労働賃金ではなく権利収入なるもので収入を得たいと思ってもらうのにもってこいということ。

 

簡単に言えば、自由なお金と時間、仲間を手に入れましょう!そのために権利収入を得ましょう!的な感じだ。

 

 

でも権利収入って不動産とか印税とかでないとできない稼ぎ方だから、基本的に何も知らない若者が権利収入をもらえるようになるのはとっても難しいのだ。

 

 ネットワークビジネスは「誰でも簡単に権利収入が得られる!」というのが売りで、広まっているものなのである。

 

 

ネットワークビジネスは何の知識もない人でも、入会費と会員費を払って会員になれる。

 

すごく簡単にいえば、会員になったら今度は自分がそのネットワークビジネスに誰かを勧誘すると、その紹介料とかもろもろでその入会した会員が会員費を払っている限り権利収入を得られる仕組みになっているのだ。

 

一見、他の方法で権利収入を得るよりも簡単に稼げるように見える。

実際物理的にはそうなのかもしれないけど、そんな単純なことでもない。

 

 

何の知識もない若者がお金払って会員になって、急に稼げるようになるわけがないのだ。

 

言いたいことはたくさんあるけれど、今は勧誘された話をしているからまた今度書くとしよう。

 

 

 

そんな感じで私は買った本を読んだり、そのネットワークビジネスで1番成功しているすごい人だよって言われてセミナーの動画を見せられたりした。

 

ちなみに、そのすごい人ってのは”○○薫さん”。

その名前を聞いて分かる人もいると思うけど、私が最初に勧誘を受けたのは「アムウェイ」だ。

 

のちに、思いもよらぬところで出会うことになるのだけどそれはまた今度の記事に書く!

 

 

 

ローマ法王に会いたいって言われて「予定が空いてたらいいよ」って言うレベルの人だよって説明された。笑

 

 

 

渋谷のど真ん中に家があるそのお兄さんのネットワークビジネス仲間のホームパーティーに連れて行ってもらったり、そのお兄さんが友達(その人も同じ仲間)と住んでるめちゃめちゃおしゃれな代々木のお家のゲストルームに泊まらせてもらったりもした。

 

お家はめちゃめちゃおしゃれなのだけど、調理道具、化粧水、シャンプー、サプリメント…

全てがあの”アムウェイ”製品だった。

 

当時は知らなかったけどね。

 

 

 

 

アムウェイのことを教えられた後にネットで調べて初めてネットワークビジネスの存在を知ったし、ネズミ講とかそういう話も知った。

 

 

そして「あんなに親切にしてくれたし、師匠に出会えたと思っていたのに、あれは全て勧誘のためだったのか…」って感じたなぁ。

 

汚れた心を知らない田舎少女は、そんな大人がいることにショックを受けた。

 

 

 

それが私の初めてのネットワークビジネスとの出会い。

というか、闘いの始まり。

 

 

大きな声で言っておきたいのは、ネットワークビジネスもネットワーク系のビジネススクールも私はやっていない。

怪しいこともグレーなこともやってないぞ!!

 

 

でもネットワークビジネス自体は合法だし、その人たちはネットワークビジネスを良いように話すプロである。

だから「違法じゃないよ」とか「ネットワークビジネスではないよ」っていう人も、信じてはいけないのである。

 

 

そんなこと言ったら私も怪しいよな。

 

 

私は真っ当にロマンチッククリエイターだ!!!!

 

怪しいと思われても、職業ロマンチッククリエイターでいたいから、それは貫き通すぞ!!!! 

  

 

ネットワークビジネスに関しては正直、「人に迷惑かけないのであれば、やりたい人はやればいいんじゃん?」程度に思っていたけど、その考えは訂正することにした。

 

長くなるから続きは次の記事で書くことにする。

 

 

私が勧誘された話を記録したことによって、ネットワークビジネス・スクールをしようか悩んでいる人、すでにしているけど悩んでいる人が1人でも救われたらなぁと思ったから、書く。

 

 

もう誰かが、大切な人を失わないために。

 

私の人生を頑張っているのは、私しかいない。

 

”なんで私ばっかりこんな思いしなきゃいけないんだろう”

”なんで私ばっかりこんなできないんだろう”

 

何回そう思いながら泣いただろう。

 

頭で「私だけではない。みんな頑張ってるんだぞ!」と言い聞かせても、心は感情に素直だから頭と心の葛藤が自分の中にストレスを倍増させていく。

 

でもね、気付いたんだ。

 

みんな頑張ってるかもしれないけど、私は私しかいない。

 

 

私の人生を頑張っているのは、私しかいない。

 

 

「私だけではない。みんな頑張ってるんだぞ!」って自分に言い聞かせてた言葉は、

「みんなが頑張ってるから私も頑張っていて、当然だ。むしろこんなことでめげていてはいけない。」

って意味が含まれてるんだ。

 

 

私は誰よりも自分の人生を頑張ってるんだ。

 

 

だから他の人がどれだけ仕事を頑張っているように見えても、どれだけキラキラしているように見える人がいても、関係ない。

 

なんで頭でそうやって言い聞かせるとストレスが倍増するかってさ、その気持ちをもっと細かく解像したら、

 

 

「自分の人生を、誰かの人生と比べるなよ!!」って心の中のにいる自分が自分自身に訴えかけているからだなって思ったの。

 

 

自分の頭(親のような存在)と心(本当の自分)で討論してる感じ。

その討論で起こる摩擦が、ストレスになっているのだろう。

 

親が子どもを守ってあげる必要があるように、自分の頭で自分の心を否定してしまうと心が悲しむのだ。

 

お母さん、なんで分かってくれないの?って。

 

親に理解されないことってすごく悲しいもん。

その悲しさがストレスのように現れてるだけなんだ。

 

 

だから、自分の素直な感情はまず受け止めてあげないとなって思ったのだ。

「分かってもらえなくて寂しい」って感情を見つけてあげるってこと。

 

 

受け止めてあげたら、あとは全力で自分自身を信じてあげること。

 

だって、私は私の人生背負ってるんだから。

自分自身で失敗できるのは、総じていえばラッキーだ

 

最近幸せだよな、ほんと。

 

るんたった。

 

 

でもピンチの中にいない私って、私らしいのか?

 

と、ふと思ってしまうのが私である。

 

 

 

今までずっと壁を登り続けてた感じがするくらい、”ダメな自分”を乗り越えてきた。

 

 

でも最近安定に幸せだし、平和な日常である。

 

それはそれでいいんだけど、そろそろピンチの感覚味わいたいかも。

 

 

なんて。

 

 

だってさ、今までを振り返ると、いつもピンチの時にドラマが生まれてるんだもん

 

 

でも自分でピンチの状況に足を踏み入れたいわけでもないしなぁ。

 

 

 

…なんて考えていた。

 

 

 

そしたらなんと私の日常にピンチが訪れた。

 

 

 

社長からLINEがきて、「給料の振り込み口座教えて!最初に説明があったと思うけど、15日締めの5日振り込みだから最初の月は半月分の給料だよ!」

 

 

ん?

 

んん???

 

 

お、おーまいがー…

 

 

 

 

私は「15日締めの5日振り込み亅の意味を分かっていなかった。

 

 

というか、私の性格上そういう面倒くさい説明は聞き流すタイプだ。

   

だから、残念ながら「給料は5日に入るのね!」くらいにしか思っていなかった…

 

 

そして私は来月多めに見積もって計算すると、生活費が赤字である。

 

 

ピンチがきた!!!!

 

 

 

お金稼がないと!!!

バイトするしか!!!

 

と焦る私。

 

 

でも来月お金が必要なので、日払いのバイトでなければいけない。

 

 

 

そこで私はまず、Timeeという応募したら1日だけすぐ働けるアプリを使った。

 

そして私が働けるアルバイトが1つ見つかった。

 

 

<<<セブンイレブンの店員>>>

 

 

2016年以降経験者限定の案件だけど、私は18歳の頃に半年くらいセブンイレブンでバイトしていた。

 

ラッキーと思いながらも、私が働いていたのは2014年だ。

新しいレジの機械は分からないし、そもそもレジ打ちとか全然覚えてない。

 

でもやるしかない。

 

 

チキンだけど、覚悟を決めて応募確定ボタンを押した。

 

なんとかなるっしょ!!!

 

 

 

と思いながらも不安なのですぐにYouTubeで「セブンイレブン レジ打ち マニュアル」で検索した。

 

セブンイレブンのレジ打ちのマニュアル動画なんて、なかったけどな。

 

 

 

だからkemioの『レジのバイトって大変』という動画を気休めに見て、セブンイレブンのアルバイトに挑むことになった。

 

 

 

25歳、社会人3年目、会社の正社員であるにもかかわらず、こんな状況になっている自分が可笑しくなってきた。

 

 

 

楽しいなって思っちゃって。

 

あ、久しぶりのこの感覚だ!ってなったの。

 

 

 

”私は今、人生冒険してるんだった”って思い出す感じ。

 

 

 

面白くなってきた。

 

そして類友に電話した。

 

 

その類友も、類友だけあって同じような経験があるのだ。

2人して笑いあった。

 

こういう状況をシェアして笑いあえる友達がいるって幸せだと思う。

 

人ってさ、経験したことないけど”物事を知ってたら自分も経験したような気になっちゃう”ことってよくあるけどさ、やっぱり自分で経験しないとわかんないよね!

 

 

 

学校に遅刻したら先生に怒られるのは当たり前のことだからしないけどさ、意外と怒られないとかあるのかもしれないじゃん。

 

 

遅刻したことで通勤ラッシュじゃない街の景色が見れたり、「そもそもなんで遅刻しちゃダメなんだっけ?」って普段考えないことを考えるきっかけになったりとか。

 

その時は先生に怒られるのは嫌なことでしかないかもしれないけど、30年後の同窓会で「あの頃はお前、よく遅刻して俺に怒られてたのになぁ。そんなお前が今は社長になったのか!」なんて恩師と笑って懐かしむ時間になったら、当時の思い出は宝物になるかもしれない。

 

 

自分自身で失敗できるのは、総じていえばラッキーなんだ。

 

 

いつも遅刻して先生に怒られているあの子を見て、「遅刻はするもんじゃないな」なんて決めつけるのは、案外人生の幅を狭めているのかもしれない。

 

「遅刻も案外わるくないな」なんて思う自分に出会えるかもしれない。

 

 

 

 

そんな風に見ている世界が広がったら、案外人生ってどんな状況でも楽しく生きれる気がしてる。

 

 

 

そして私は、類友と今回のピンチの報告の電話だけでもすごく楽しいって感じたんだよな。

 

あの時の2人にしかわからない”楽しい”だからさ。

 

 

 

そして生きるか死ぬかではない、かわいいピンチではあるけれども、こういう状況を楽しめるようになった自分って成長したんだなって思った。

 

 

 

社会人1年目は手術室看護師、社会人2年目はオーストラリアでウェイターのアルバイトをして、社会人3年目は建築系のOL1年生をしている。

 

 

25歳同い年の友達は社会人3、4年目だ。

 

そう考えるとちょっと焦りたくもなるけど、私はちゃんと人生25歳してるなって思えたんだ。

 

 

そう思ったのは、自分の見ている世界が広がったからなんだ。

 

 

知識だけで、”大学を卒業して社会で働き続けるのが常識というわけではない”と知っていても、私が育った環境はそうやって生きるのが「普通」である。

 

だからどうしても自分だけ違うような気がすることもあったのだ。

自分だけ置いて行かれているような。

 

 

でも海外へ行って色んな生き方をしている人に実際に出会ったり、”周りとは違う自分”を育てててきたからこそ、見えてる世界が広がったんだ。

 

だから私たちはこれからもやったことのない経験をして、失敗もして、今は知らない世界と出会っていくんだよ。

 

 

 

ということで、セブンイレブンの店員してきまーす。

 

イエスマン、始めます。

 

「世界は遊び場なのよ。子どものころはそれを知っているのに、みんないつしかそれを忘れてしまうのね」

 
〜映画『イエスマン”YES”は人生のパスワード』より〜

 

 

今日からイエスマン、始めます。

 

  

人生に遊び心を忘れてしまいそうなときは、実験的なノリで生活すると楽しい。

 

 

最近ノリ悪いな自分。

と感じつつあったのでやります、イエスマン。

 

 

とりあえず1週間。

 

私はどんな1週間を過ごすのか。

 

 

 

早速昨日人に言われたことをやってみようと思って、朝は二の腕と下腹のエクササイズをやってみた。

 

 

最近太った?って2人に言われて、ショックを受けてたら「運動するか食べないかだけど、運動したら?」と言われたのだ。

 

ごもっともの意見である。

 

 

でも私は自分の心を大事にすることに決めているから、そのときはやりたくなかったからやらなかった。

 

ごはんもちゃんと食べる。

でも今日からは”イエスマンをやりたい”から、運動してみた!

 

雨降っててランニングができなかったし、「YouTubeでエクササイズ動画見てみたら?亅と言われたからだ。

 

エクササイズした自分が誇らしくて、気持ちの良い1日のスタートを切れた!

 

 

単純だからいつもよりやる気が出て仕事に集中できた!

 

 

加えて楽しいアイディアがたくさん出てきたし、いつもよりちょっぴり、自分に素直になれた。

 

 

これからどんな展開になるだろう。

 

さぁ、実験開始!!

女の子ブルーの日で思い出す夜行バスの眺め

 

贅沢な悩みだ。

 

やりたいことがわからない。

 

そんなこと言ってる時点で、まず幸せだということに気付いた方がいい。

 

 

月1回でくる女の子ブルーの日で、昨日泣いた。

 

 

生活は幸せを感じているし楽しいけど、向かっていく方向がわからない。

 

ノンストレスだけど、成長痛がない。

 

という贅沢すぎる私の悩み。

 

 

人は幸せでも、それぞれ幸せなりの悩みがあるものだ。

 

 

私の癖でいつも未来を見過ぎてしまって、肝心な”今”を見失いそうになる。

 

 

それが原因だってわかってるんだけどなぁ。

 

 

 

普段はハッピーなのだけど、やっぱり女の子ブルーの日は1か月溜まったものを涙として外に出す日だから。

 

心の奥の感情を認めてあげる日だから。

私にとって女の子ブルーの日も大切なのだ。

 

 

このブログも書きたいときに書くスタイルだけど、いつも書きたくなるのはモヤモヤしているときだ。

私は文字で書くことで感情を目に見えるようにアウトプットして、その感情を浄化している。

 

 

 

最近はニートからようやく脱出し、高校生のときに憧れていたOLになった!

そして2度目の上京。

 

 

色んな思いを馳せながら車に揺られて、夜明けの東京を窓から眺めていた。

 

私が小さい頃、ディズニーランドに行く夜行バスの中でずっと窓の外を見ていたことを思い出す。

私のワクワクの原点だ。

 

 

次の日ディズニーランドで遊ぶというのに、東京の街がキラキラして眠れなかったあの頃。

 

その頃の気持ちと、その憧れの東京に社会人になって上京した1年のことを思い出していた。

 

 

そしてこれから2度目の上京生活が始まる。

 

だからワクワクで楽しいことがたくさんあるけど、モヤモヤも少しずつ溜まっていたのだろう。

 

 

 

私のことを1番わかってくれている人とビデオ通話していて、自分でもあまり気付いていなかったモヤモヤを指摘されてしまった。

だから涙が出てきたのだ。

 

 

その結果次の日の朝顔は浮腫んだけど、気分はスッキリした。

 

 

 

 

こういうときは占いでもやってみるかと思い立ち、YouTubeのタロット占いをしてみた。

 

 

 

そしたら、

“あなたは今までで現在が1番幸せだから、これでいいかなと感じている。
と同時に、もっとやるべきことがあるのではないかと葛藤になっているのではないでしょうか?”

という結果だった。

 

 

 

なるほど…

 

 

 

そして

“今の幸せにしっかり浸ること!それが動き出せる原動力になるから。
今までやってきたことが、これでよかったんだなぁと浸ること。

満足することで次のステップに行けなくなるんじゃないかと思っているのかもしれません。
あなたはその幸せのまま成長していけるので、心配しなくて大丈夫ですよ。”

というアドバイスをしてくれた。

 

 

なるほど…

 

 

確かに。

 

占いは、当てずっぽうやスピリチュアルの話ではない。

心理学だと私は思っている。

 

 

占いの言葉で「果たして自分はそうかな?」と自分自身に聴いて出てくる答えが、気付いていなかった心の声だからだ。

 

そうだな。

 

 

 

今が幸せなのだから、もらったいぶらずにちゃんと幸せに浸ろう。

 

 

 

夢中で飛び込んだ世界は正解だ。

〜ハミングバード〜

ムダなことは、天国じゃできないから、地球で。

幼馴染に久しぶりに会った。

 

保育園に入る前から一緒で、私を含めて5人。

今年で25歳だ。

 

みんな地元の新潟や地方で、給料が高くて安定した会社で働いている。

 

「相変わらず君は、まだまだ遊び足りないね。」と言われて、

「いや~私は飲み歩いたり、男遊びをしたりしたいわけじゃないよ。」と返した。

 

 

…あれ。

 

私は憧れの東京に上京して1年、遊びまくった。

 

でもどんなにディープな東京の遊びをしても、どんなに面白い人たちに会っても、自分のしていることが「表面的なこと」であるように感じた。

だから、自分の人生を変えたかったのではなかったか。

 

そうか。

 

 

私は幼馴染の言う通り、遊び足りてなかったんだ。

人生を。

 

  

 

人は仕事に対する価値観が2つに分かれる。

 

余暇の楽しみのために働く人と、仕事自体を楽しむ人。

 

 

どちらの価値観が幸せだとか、そういうのはない。

 

ただ私は、後者なんだ。

 

 

 

コンビニバイトをしていたとき、暇な時間はたとえ時給が発生していたとしても物凄く「私は何をしているんだろう?」という気持ちになった。

 

お金を稼いでいるのに、時間を無駄にしているような気がしたのだ。

 

 

でも人によっては”楽に稼げる仕事”の方がより良いという人もいる。

 

こうやって世界は成り立っている。

だから世界は面白い。

 

 

だから私は自分の人生をもっと遊びたい。

 

 

ただ性格が根真面目だし、今まで真面目に生きてきたからどうやって遊んでいいのかわからない。

 

笑ってしまうが、自分の好きな遊び方がまだわからない。

 

そんな大人にはなりたくない。

 

 

この選択をしたらこれができなくなって、この選択をしたらこうなれるかもしれないけどリスクが高いし…という感じで何もできなくなる。

 

 

でも、本当は違うのだ。

  

悩んでるふりして、間違ってしまうかもしれない選択を遠ざけているだけなのである。

 

 

失敗するのが恐いのだ。

 

 

でも頭ではわかっている。

 

間違うことを恐れて、何もしない方が失敗だ。

 

そもそも人生において、間違いや失敗なんて存在しない。

 

 

わかっているけど、人間には本能というものがある。

だからそういうときは、自分をまずよしよししてあげよう。

 

私は自分に鞭を打たないスタイルを貫くぞ。

私に「根性」という言葉は似合わない!

 

十人十色だからな。

 

そういうと人生はそんなに甘くないという人がいるけど、人生を甘くするのも苦くするのも自分で決めればいい。

 

 

だから私は、どうやって自分を甘やかそうか考えて生きている。

 

わがままに生きていたい。

 

 

根真面目だから、どうしても気が付くと自分のハードルを上げてしまうからだ。

 

 

うん、だから甘やかす。

でも廃人になりたいわけではない。

 

 

人間だから、誰でも本能的に普段と違うことをしたくないのは当たり前だ。

自分は危機管理能力が高いというところを褒めてあげよう。

 

 

その上で、頭では変化し続けたいと思っている。

だからワクワクしたら「えいっ」てやっちゃうんだ!

 

どんな小さなワクワクでも、ワクワクしたらやってみるスタイルは楽しい。

 

それは青春。

 

「今から海行って花火して夏、始めようぜ!」

「何にもない日だけど、ドレス着ちゃおうぜ!」

 

私の日常。

 

ドレス着たいならパーティーに呼ばれてなくても着ればいいし、回らないお寿司が食べたいなら食べればいい。

 

私は仕事をしたいからする!

 

仕事で未知の世界を知りたいし、未知の私を知りたい。

 

だから今までの私だったら選択しなかったような選択をするのだ!

そうしないと今までと同じ私になる。

 

「えいっ」てやっちゃった後は気持ちがいい。

 

 

後から振り返ってみても、真面目にテスト勉強してたときより、「テスト無理~!」って言って友達と勉強合宿したときの方が思い出に残っている。

梅酒を飲みながら次の日のテストの問題を出し合いっこしてたの懐かしい。

 

でもちゃんとテスト合格したし、単位取れたし、看護師なれたからな!

 

 

私があのとき「友達と一緒に勉強したいけど、次の日テストだから無理。」って断ってたらその思い出はなかったんだよな。

 

何が言いたいのかというと、やりたいことはやった方がいいということだ。

 

 

だって人生は長い暇潰しじゃないか。と私は思っているから。

そして私は文化的な生活が好きだから。

 

ムダなことはたくさんしたいのだ。

だってムダなことって天国じゃできなくない?

 

自分の食べたいモノは目の前にすぐ出てくるし、やりたいと思ったことは努力せずに何だってできる天国は幸せなようで、すぐ飽きると思うのだ。

 

 

だから地球にいるうちに、地球でしかできないムダなことをたくさんしたい。

 

辛くて苦しいことも、悲しいことも今しか経験できないのだ!

 

 

だから、そういう感情は見て見ぬ振りをせずにちゃんと感じて大人になっていきたい。

 

そしてどうせならそういう感情も含めて、”生きてる”ことを楽しみたいなって。

 

 

 

”~しなきゃ”だけで生きる人生って、死ぬときに振り返って後悔することになると思うのだ。

 

 

そして私は後悔しない考え方を身に付けたから、変な結果になってしまっても楽しい展開にできる自信がある。

 

だから後は勇気を出すことを忘れずにいたい。

 

大きな選択をするときに限って、すーぐ忘れちゃうからな。

 

 

 

この前「君におすすめの曲だよ」って教えてもらった歌詞がぴったりなので、書いておこう。

 

 

”右と左どちらが正解 押すべきか引くべきか
それが幸と出るか不幸と出るか
全部やって確かめりゃいいだろう

意味があるのか無いのか 結果が出るか出ないか
もっかいやっても無駄か 全部やって確かめりゃいいだろう

それでも走ってるときだけは 夢に向かって進んでるようで
ときどき目から水がこぼれるけど
それも幸せだと思えてるよ

努力をせずに夢が叶った人と 努力をしても叶わなかった人
たとえ僕は叶わない人だとしても
この足を止めはしないだろう

いつか誰もが驚くような奇跡が この身に起きたとしても
きっと僕だけは驚きはしないだろう
起こるべき奇跡が起きただけさ

「Praying Run」UVERworld ”

 

 

なるほど。

 

悩んでる時間があるなら、全部やって確かめればいいんだ!

 

 

えいっ

落ち込むのも悩むのも、人生のアトラクション

本屋さんに行くと、店頭にはズラリと自己啓発本が並べられている。

自己啓発本がとてつもなく人気ってことだよなぁ
言い換えれば需要があるんだね。

そりゃあみんな自分の人生に迷うよね。


シンデレラストーリー手に入れたいようぜ。

画像1

でも急に「はい、今から好きなことしていいよ!」と言われても、困る人多いのではないだろうか。

私もそのうちの1人だった。

生きてきた環境に、キラキラしている大人がいなかった。

だから大人になるの嫌だなぁと思いながらも、大人になろうとしていた。

そんなときに「好きなことをして生きていこう!」というザ・自己啓発本を手に取った。

好きなことをして生きていこうなんて発想はこれっぽっちもなかった私は、雷が落ちたような衝撃だった。

それから”好きなことをして生きていけるわけはない”という固定概念を持ちながらも、どこかで「私にもこういう生き方があるのかもしれない」という希望を抱いていた。

ワクワクしてしまった。

だからなんとなく本屋さんに立ち入るようになった。

あのワクワクを求めて。

身近にいる大人のアドバイスは信じられなかった。

安定した仕事をして、安定した暮らしをするのが幸せだという意見に疑問を抱くようになったからだ。

私の周りの大人の暮らしは安定していたけど、私にとって魅力的に見えなかったのだ。



だから自分自身で好きなことをして生きている人たちと出会って、話を聞きたかった。

そんなわけであの頃の私は出会い厨になったんだと最近、ふと思った。



SNSがこんなにも普及した。

だから昔は”自由に好きなことして生きていけるのは頭のいい人たちの一握りがなれるもの”って割り切れてたけど、そうではなくなった。

情報が誰でも、簡単に手に入れられるようになったおかげで、自由な生き方が増えたし、自由な生き方をしている人と出会いやすくなった。

普通のサラリーマン、ニート、大学生、中卒みたいな人たちでも自由に好きなことやってる人たちが出てきた。

小学生で起業する子たちだって存在して、もはや言い訳なんて言ってられなくなったもん。


自由に好きなことをして生きれるようになった今の日本。

逆に言えば夢がないと辛い時代に突入したのだ!!!!!Oh no

絶望的なことに、私たち若者はお手本がない。


自由ってそういうことだ。

そして、大人には自由になる責任がある。
言い換えれば、覚悟があれば自由になれる。

もっと言えば、自由にならない方が自分にとって幸せだと思うのなら、

その選択を選ぶのも自由だ。

地球に、正解も間違いもない。

人生に迷ったって、メンヘラになったって、ホームレスになったって、楽しければいいだろう!!

人生はゴールではなく、生きる過程を楽しむものだ。

落ち込んだり、悩んだりすることさえアトラクション。

辛いときはとことん泣けばいい。

あとから振り返ると、自分だけのシンデレラストーリーが始まってたんだと気付く。

自由を恐がらないで、やりたいことをやりつくそうと決めた。

自分だけのストーリーを冒険しよう!

とりあえず風が吹いたから、飛んでみた話

偶然を運命にすることにして、
オーストラリアに飛んできてから3ヶ月が経とうとしている。


英語を学びに来たわけじゃない
お金を稼ぎに来たわけでもない
自分探しにきたわけでもない

自分を創りにきた。


今の生活は語学学校を卒業して、
日本食レストランでウェイターとして働く日々。

正直、もう飽きた!!!!!

理由はわかっている。

お客さんが来ないときは、水槽に入れられて食べられる運命が待っていることを知っているのか知らないのかわからないロブスター咽とカニ呂さんたちと見つめ合いながらひたすらお皿を拭く毎日。

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たとえお客さんに素敵な時間を過ごしてもらうために心を込めてお皿を拭くこともサービスの内だったとしても、私はそのことにワクワクできないことを知った。

ちなみに違うスタッフは、接客してる時よりお皿を拭いている方が楽しいらしいから、世界はよくできているなぁと感心した。

今週は4日間休みが続いたけど特にやることもないし、1日働いたらまた3日休み。

自分の人生の中でも本当に己と向き合ってるし
やりたいことはたくさんあるし
小さな挑戦は地道にしている。

だから次の計画もしてはいるけど、
とりあえずそれまでの期間もひたすら今を生きるしかない。

私の性格的に前までの自分だったら海外の友達たくさん作って出掛けまくっていたんだろうけど、私は今、絶賛モラトリアム期。

自分が何者かになろうとしてもがきまくっているから、初めて海外に住んで冒険はたくさんしたけど、とうとう本気で自分と向き合う時期がきたようなのでただ毎日遊びに出掛ければいいわけでもない。

それと自分と向き合うのもすごく大事だけど、その向き合った結果をアウトプットすることも大事だと思ったのさ。

あと自分のことを曝け出すことも。
若いうちにたくさん恥をかいて青春を見逃さないように生きていきたい!!

やっぱりこういうときの人や言葉との出会いはいつも格別になる。


ここ数日気持ち的には低空飛行だったけど、
素敵な本と出会ったので何か行動したい気持ちになった。

だから気持ちが落ち込んでる時はとことん孤独と仲良くしてみるのもありって思った。

そして今日みたいに風が吹いた日に、
“今日はちょっと飛んでみよう”てな具合に飛んでみるのだ!

そう、ブログを始めてみた!!

自分を生きたら、人生イージーモードになった

  

・自己肯定感が低い。

・自分に自信が持てない。

・自分に価値があると思えない。

 

すべてが以前の私に当てはまる。

 

”美人になったら”

”スタイルがよかったら”

”もっと可愛げがあったら”

・・・幸せになれるんだろうなぁ。

 

そう思っていた頃、人生損していることに気が付いた。

 

 

人生の楽しみ方を履き違えていた

 

そもそも他人軸で生きていることが間違っていたのだ。

 

誰かにブスと言われたから何なのだろう。

誰かに嫌われたからと言ってなんなのだろう。

 

 

ブスって言われるのは辛いし、みんなに嫌われて一人になるのは恐い。

 

でもブスなんて平気で言ってくる人は、私の世界にはいらない。

 

”自分を生きる”ようになってから、そう思うようになった。

 

 

相手に嫌われないように振る舞って、たとえその自分が好きと言われても、ますます自分が惨めになるだけだ。

 

一歩を踏み出すのは恐い。

半歩でさえ恐い。

 

でも、死ぬまでそんな世界で生き続ける方が恐い。

 

 

美人でなくても、胸がなくてお腹出てても、肌が汚くても、

考え方を変えただけで、驚くくらい人に愛されるようになったのだ。

 

異性にも、同性にも。

 

そして幸せはいつも、すでに自分の中に存在していることに気付いた。

 

 

幸せになるのなんて、本当は簡単だったんだ。

 

整形したわけではないし、髪形やメイクを変えたわけでもない。

痩せてもいない。

 

物理的に何も変わったことはなかった。

 

 

自分らしく生きるだけでよかったのだ。

 

 

それはつまり、自分軸で生きるということだ。

 

 

 

”みんなそれぞれ幸せの形は違う”ということに気付いたのは、海外に住んだ24歳のとき。

 

 

語学学校で出会った友達の30代のチリ人夫婦は、「将来はわからないけど旅したかったからメルボルンに来た」と言っていた。

チリではエンジニアと弁護士をしていたのに、今はメルボルンで2人とも清掃のアルバイトをしている。

 

 

BBQで出会った30歳くらいの日本人男性は、1人で世界中を旅をしていた。

ヒッチハイクをして移動したり、ダイビングの資格を取って次の国に行くまでお金を貯めたり、その時やりたいことをして生きていた。

旅する前は、自衛隊にいたらしい。

 

 

 

そのような、日本にいたらなかなか出会えない自由な生き方をしている人たちがたくさんいた。

 

 

そしてその人たちには、共通していることがあった。

 

生きるのが楽しそうだったということ。

笑顔が素敵だということ。

自分の心に素直に生きているということ。

 

 

 

 

本やテレビでみる人ではなく、私は実際にそういう人たちに出会ったのだ。

だから”知識”ではなく、”体験”して”体感”できた。

 

 

そして、学んだ。

 

ブランドファッションを身に付けて、毎日豪華な食事をしている人が羨ましいからといって同じことをしても、それが自分の幸せだとは限らない。

 

公園で遊んでいる家族が幸せそうだから家族を作っても、それが自分の幸せだとは限らないのだ。

 

 

 

幸せになるためにしなければいけないことは、自分の幸せと向き合うことだ。

 

 

 

だから他人の目なんて関係ない。

 

 

他人にどう思われても、自分が幸せであればいいのだ。

 

 

良い人にならなくたっていいんだ。

 

 

わがままに生きて、自分勝手に生きても、そんな私を好きだと言ってくれる人がいる。

 

不思議なことに、むしろその方が人に「好きだ」と言ってもらえることが増えたのだ。

 

 

ハードモードにしていたのは、自分だった。

 

 

世界は自分が思ってたより、イージーモードらしい。