そうだ、ファビュラスなパンツを買おう。

本のタイトルに「~しなさい」と書いてある本は絶対に読まない。

私のポリシーだ。

 

自分の大人な思考に頭が追い付かないことが多々ある。

そんなとき私の身体は、勝手に目から老廃物として水が排出される仕組みになっている。

 

泣いてばかりいる人生、どんとこいだ。

 

 

最近はやる気が起きない。

 

ググっても本を読んでも、「やる気が出ないときは、とりあえず5分でもいいから動いてみよう!」と書いてある。

嫌です。

 

だから私は「暇」をした。

 

暇だなんてここ何年も思ったことなかったから、

久しぶりに「今地球って回ってるんだよな」なんてどうでもいいことを考えたり、

家の壁をボーっと見つめるなどした。

 

人生に目的がない大人はこうなる。(ポジティブにいこう)

  

私だってイケイケのドラァグ・クイーンになってエンディングで「Ruby Is Red Hot」が流れてくる人生とか送ってみたい。

 

ただ私に似合っているのは、真夜中にお腹がすいてツナ缶を缶のまま食べる小さな幸せがある日常だ。

 

YUI の「feel my soul」を聴きながら泣ける人生も、楽しい。

 

毎日、「今日までが、序章の序章だ!」と思いあがるのも人生だ。

楽しもう。

究極のシーンで「そもそも私って人間だったっけ?」と、常識から疑ってみる現実逃避を取り入れる。

今日の私は治安が悪い。

誰に向けたいのかわからないレベルの中指を立てたい気分だった。

 

駅から徒歩3分で帰れる道をのろのろあるくだけでは物足りず、家を通り過ぎて歩き続けた。

  

眠たいはずなのに、家に着きたくない矛盾した気持ちでとりあえず昔よく歩いた道を進んだ。

 

そういえばお気に入ったお香がなくなってたんだと思い出し、ドンキ・ホーテに立ち寄る。

そしたらお酒が飲みたいわけではなかったけど、なんだか悪いお酒の味が飲みたくなって、いつもは選ばない缶のジントニックを選択した。

 

 

1人でお酒を歩き飲みするなんて治安悪いなと思いながら、前にジャンと見つけた屋上に向かっていた。

 

何も考えずに、私の指はジブリコンサートの再生ボタンを押す。

 

東京の夜は青い。

人が密集しているはずの街に、自分しかいない世界にいるような感覚になれるのは何故だろうか。

百年ぶりの世紀末だな。

なんか涙が出そうだ。

 

久石譲の音楽は、ありそうでない、ないようで”ある”何かが胸に突き刺さって苦しくなる。

泪が出そうで笑えてくるのが、人間の心理の肝かもしれない。

 

人生のメリーゴーランドの終わり方のような最後だったら、幸せかもなと思った。

 

 

ディズニーは、夢を与えてくれる。

ジブリは、切ない感情と共に生きていく勇気をくれる。

  

だから苦しければ苦しいとき程ジブリの曲を聴くと、”現実だからこそ”なおさらドラマティックになってしまう。

だから久石譲は魔法使いよりすごいという理論が、私の中にはある。

 

なんて物思いにふけながら気付けばセットリストがルージュの伝言に変わっていて、るんるんと屋上の階段を下りて帰路に向かっていた。

 

そんな金曜日の夜。