そうだ、ファビュラスなパンツを買おう。

本のタイトルに「~しなさい」と書いてある本は絶対に読まない。

私のポリシーだ。

 

自分の大人な思考に頭が追い付かないことが多々ある。

そんなとき私の身体は、勝手に目から老廃物として水が排出される仕組みになっている。

 

泣いてばかりいる人生、どんとこいだ。

 

 

最近はやる気が起きない。

 

ググっても本を読んでも、「やる気が出ないときは、とりあえず5分でもいいから動いてみよう!」と書いてある。

嫌です。

 

だから私は「暇」をした。

 

暇だなんてここ何年も思ったことなかったから、

久しぶりに「今地球って回ってるんだよな」なんてどうでもいいことを考えたり、

家の壁をボーっと見つめるなどした。

 

人生に目的がない大人はこうなる。(ポジティブにいこう)

  

私だってイケイケのドラァグ・クイーンになってエンディングで「Ruby Is Red Hot」が流れてくる人生とか送ってみたい。

 

ただ私に似合っているのは、真夜中にお腹がすいてツナ缶を缶のまま食べる小さな幸せがある日常だ。

 

YUI の「feel my soul」を聴きながら泣ける人生も、楽しい。

 

毎日、「今日までが、序章の序章だ!」と思いあがるのも人生だ。

楽しもう。

「私はくそつまならい、普通の人間であるからこそ面白い」という勇気を述べる

自分の客観的で冷静な思考と、ありのままの自分の本心が矛盾して起こった化学反応によって、何かを乗り越えたのちに新しい自分ができる。

そしてその化学反応で一緒に生成される産物が、涙だ。

CO2+H2⇄CO+H2Oで一酸化炭素ができるのと同時に、水ができるみたいにさ。

 

最近何をするにも自分きもいし、ダサいって本心が思ってしまって、頭では「お前、かっこいいぞ。」って言い聞かせてあげるのだけど、結局こらえても後で1人で泣いてしまったりする。

本心と喧嘩して少し新しい自分ができる代わりに、涙が生成されてしまうという仕組みだ。

 

「お前頑張ってるじゃん」の”頑張ってる”を、どうしても主観的にみてしまって。

こんくらいで頑張ってるとか言い聞かせている自分が嫌になるという、悪循環があったりする。

 

上司に叱られているときも、頭で成長するために上司の言っていることは正しいから自分がまだまだなのだとは思うのだけど、心はもっと未熟だからついていけない瞬間がある。

なんなら生理前なので、正論とかいう類のものが全てうざくなってくる。

上司の正論にイラついているのではなく、自分がその正論に当てはまろうとしていることが。

 

自分の本心くらい、大事にしてあげろよって。

正論で成長する部分があるのは確かだけど、とりあえずその叱り役は上司が担ってくれているのだから、自分でその役を買わなくたっていいのだ。

 

お父さんが叱り役なら、なだめ役のお母さん的な存在も自分の中に必要なのだ。

 

とりあえずどうしても自分を許せないのなら、自分の理不尽な感情を肯定する勇気を持ってみるなどしてみる。

 

1人で勇気が持てないのなら、Betty Davisのようなロックとか、GIRLBOSSのような映画を観て、背中を押してもらいにいけばいい。

ロックにのれない人生は、きっとつまらない。